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女性向映画を

  何となく忙しくて日にちが取れず、延び延びになって見られなかった映画を観てきた。

 親友と朝10時前に家を出て「魂藻え」と「マリーアントワネット」の2本を、初めてのはしごで観た。

 うっかりしていたが今日は水曜日のレディーサービスディーだった。お陰で若い人、中年、高年のおばちゃんでぎっしり超満員の状態で何とか良い席が取れたが、トイレが長蛇の列で水曜日はもうこりごり、次回は気をつけなければ。そうか!高年のシニア組は水曜意外にすればいいのよね!ごめんなさい!

 前者の方は、テレビ版として放映されていたようだが、私は見ていなかったので、新鮮な感覚で観た。

 突然の夫の死におろおろする妻が、夫の浮気の秘密を知って、裏切られた悔しさと何も気づかなかった自分の愚かさに、怒り悩みながら過ごす心模様が、これから迎えるであろう私達に良いお手本として捉えられて、中年女性の応援歌のようだった。

 もう一本の方は、ベルバラ悲恋の王妃ではない別角度から表現していて面白かった。大奥のような女性達の社交界の中で、世継ぎのための役目に翻弄されストレスのはけ口にケーキを食べ夜遊びをしたり、贅沢三昧の様子に市民の怒りをかうというストーリーを現代風に表現していた。

 先日行って来たオーストリア宮殿を特別な思いで見ることが出来だが、次から次へと着替える豪華な衣裳や本物の宮殿内の撮影に驚嘆の溜息であった。

 女性向映画として、2本が東洋西洋、時代と極端のトータル4時間映画だったが、観る方に飽きさせず疲れも感じることなく楽しめて、しめしめ!!

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眼鏡を買う

  40代から白髪に白髪染めを、視力が衰えて近眼、遠視、乱視揃い踏みの眼鏡を掛け始めてもう云十年。

 4、5年に一度視力検査をして新しい眼鏡を作る。それが馬鹿にならずレンズの質が良くなったからと、作り直すたびに値段が鰻上りである。フレームがブランド品でもないのにこれも高値で、合計13万円也。無理しちゃったなァ~

 歳を取るという事は、身体の部分の老化現象に手を替え品を変えながら、毎日の生活に不便のないように、文明の機器とか現代医学の力にお世話になることである。

 40代から始まって、70、80歳まで人生約半分は不自由な身体になるということだ。これから先歯が抜けて入れ歯に、耳が遠くなって補聴器に頼る事になるってことになる。

 今日は、市内まで出かけて眼鏡の注文をして、しみじみ考えながら帰ってきた。

 普段の食生活のバランスや運動を怠らず、何時までも若さを保って、気持ちも老け込まないように、そしてボケないように明るく過ごしたいものだ。


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遠い隣国

  今朝の新聞に中国大陸を颯爽と日本製新幹線が走っている写真が載っていて、少し誇らしげに思った。

 しかし、日本新幹線の技術をそっくり取り入れて色も形もそのまま同じ新幹線を、中国国民達にはひと言も日本製であることを伝えず、中国が独自にブランドを創設し、知的財産権を所有していると報じている。もし、日本製ということがわかると反日感情が再燃する事になるので、それを恐れているという内容の記事だった。

 日本は深い溝を埋めるべく様々な努力を試みようとしていて、今回のような技術面で援助したり、企業の進出で多くの失業を食い止めるべく活動など大きく貢献していても、その事を良心的に受け止めてはいない、その逆だということが判り非常に残念に思う。

 私は戦前生まれなので戦時中の出来事を子供心に聞かされ、“日本人のやったことは酷い事なのだ”とあの頃の子供達はみんな心の中で日本の行為を恥ずかしく、申し訳なく思うようになっていた。考え過ぎかもしれないが、海外旅行には香港までは行けても中国と韓国には足を向ける事ができない。

 来年はオリンピックがあるが、日本人を迎える中国側はどのような対応をしてくるのか不安である。いろいろ考えると反日感情を煽っているのは国民ではなく実は中国政府なのではないのか?と疑問に思うこともある。

 小泉政権では言葉で真摯に伝えていても、行動で信頼を壊してしまっているので、もっと上手に外交をして欲しかった。これからの両国の子孫たちのために、根気良く、謙虚になってアジア隣国への配慮を続けて欲しいし、必ず伝わる時がやってくると信じている。

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老後の自然体臭

  テレビトークで或る著名人が、“年寄りの匂いが大好き”というコメントを聞いて私にとってこの言葉はかなりショックだった。

 私の頭の中には祖父や父の加齢臭に悩まされていた事があって、ちょっと云い難いが死に向かう臭いだと子供の頃から決め込んでいたところが或る。

 祖母や母親は匂わないというか嫌な匂いではなかった。女性同士だからなのだろうか、高齢になっても身だしなみを考えて、身奇麗にしているからだろうか。私も是非これは真似をしたいと思う。

 絵画教室の中には別グループに定年後の男性陣もいて、年に数回合流するのだが申し訳ないがここでもきついものだ。特別過敏症ではないのだが、夫に対しても常々対処するように言葉をかけて嫌がられいていて、どう云う訳か娘に言われると素直に従うのは何処の家庭も同じ光景のようだ。

 人間40歳を過ぎると男女とも体内から加齢臭が発散するのだそうだ。それに加え高齢男性は風呂に入ったり、髪を洗うことを面倒がることが余計いけないことにしている。

 などと私の考えを書き並べたが、それが前記の方のコメントで目が覚めた。その方は10歳からおばあちゃんに母親代わりとして育てられたので、お年寄りの匂いが好きになったのだという。そして今は老後施設を設立し、お年寄り達の面倒を見ておられるのだそうだ。私の誤った考えを改めなければと深く反省している。


 しかし、加齢臭という言葉は嫌な響きだ。別の名はないのだろうか。

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痛ましい事件に心が痛い

  毎日のように新聞紙上に載る殺人ニュースに驚いていたのに、その事に人々が慣れてしまうことの怖さを感じる。

 特に家族間の事件が多発している事に異常さが見えて、子どもの育て方や家庭のあり方がちぐはぐで、親達がしっかりしないとこの先暗い未来になりそうでもの凄く心配である。

 人間形成の源は家庭での子育てから始まる。生まれた子を1人の正しい人間として育てるのは両親である。親のエゴで怒り飛ばしたり、馬鹿可愛がりしたりの子供を惑わすような間違ったしつけが最近は多いのではなかろうか。

 少子化で1人っ子か2人兄弟が主流の昨今の子供達は、怒られた事もなく大事に育てられている場合と、口うるさく監視されて小さくなって育てられている場合の極端な例が多く見られ、どちらも社会性に乏しく成長している実情を幼稚園の現場で目にすることがある。

 「3つ児の魂百までも」という言葉を昔から聞くように、人間性の80パーセントは3歳までに育成され、後の20パーセントは環境と関わり方だといわれている。親はしっかり子を見守り、暖かい愛情で包んで育て、悪い事はきちんと何故いけないかを教えて、集団生活の中に送り出すことが出来る親になって欲しいとつくづく思う。
 
 先ず、人間育成はそこから始まり、立派な大人となった時に、親に教えられた事が基盤となって、家庭を持ち子を育てる礎となって延々と繋がり伝わるのだと思う。

 心の痛いニュースを目にする度、子育ての重要さを繰り返し書いて仕舞う。
 

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思わぬ桜花

  新しい年1月もあっという間に25日も過ぎてしまった。

 暖冬とはいえ冬は冬、何時雪が舞い降りるかわからないこの頃だ。

 春が待ち遠しいと思っていたら、大晦日に用意したお正月用の飾り花に、毎日新しい水を変えて何時まで元気でいてくれるのか楽しみに見ていたら、菊や葉牡丹は葉っぱが一枚一枚減ってきているが、ネコヤナギと桜の花が満開になって元気いっぱいである。

 思わぬ春とお正月が我が家の玄関でコラボレーション?を演じている。

 やっぱり高い方のお正月花を買ってよかった!
 

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男の作法

  下らなくて品のない話を、でも家庭ではとても大事な話をひとつ。

 ご近所の奥様が、「毎日トイレを汚されて閉口している」という話をされていた。

 うちでは夫が、汚さない代わりにこっそり隠れてトイレを喫煙室に使っていて、大も小もゆっくり座って至福の一服が出来ると白状した。壁が茶色に変色して溜まったものではないが、便器の周辺を汚されるのも嫌だし今はじっと黙認中だ。

 男性たるもの座って使うなど以ての外で、頼んで強要するなどは男の自尊心を酷く傷つけるのかもしれない。女性と同じポーズなど屈辱感に耐えないプライドを持っているのだから。それなら自分で汚したらこっそり拭くぐらい出来ないとね。

 しかし最近困った事に、幼児期の男の子に座ってするように教える若い母親が多いという話を聞いた。母親自身の都合で間違ったしつけをしないよう願いたいものだ。もし若い男性が好んでそんな事になったら、やっぱり気持ち悪いものがあるだろうし、男としてのプライドが育たないことになる。

 今回の行為の要望は、老人への特権ということで受け入れていただこう。

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食品業者の誠意

  今回の不二家問題で、感じたことがある。

 数年前の雪印問題の後だったのに、大手メーカー菓子業として日本中に店舗を持つ不二家が、何故同じ偽証を繰り返したのか?同業者として肝に命じる筈だと思うのだが。やはり同族経営の甘さから生ずる問題なのか。

 食品を扱う企業をもっと国なり市なりが、責任を持って定期的に立ち入り検査をするべきだと思うし、そのようなシステムが当然あると思っていた。

 疑ってみるなら、不二家に限らず大小メーカーの食品扱い業者は、少なからず似たような事を行っているのではないだろうか疑うととても不安になる。その為にも各都道府県の保険所は衛生面での調査を厳しく行うべきだと強く思った。

 私の実家は生菓子製造販売店を出していて、今は父の後を継いだ弟が頑張っている。
私が育った当時の記憶では、父が仕事場を常に清潔にする事に神経を使い、「食べものやが食中毒など出したら一巻の終わりだ!」を繰り返していた。月に一度保健所が抜き打ち検査にやってくるということで、何時もぴりぴりしていた事を覚えている。

 食料品を扱うどんな業種でも、食品をお客さん相手に商売する現場は、ねずみやゴキブリなど以ての外、必要以上に神経を使い清潔を保ち、安全な食品を消費者に提供して欲しいと切に願いたい。

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藤沢周平作品に魅せられて

 藤沢周平原作の武士の一部やたそがれ清兵衛の映画を観て、一般的な時代劇と違う点を捉えていることから、作者がどんな人物なのか、その人となりを知りたくて図書館でエッセー集などを読んでみた。

 郷土愛に満ちていて、生まれ故郷の山形庄内地方の生まれ育った土地に誇りを持ち、常に心は故郷に注がれて仕事をされたのであろう。だから小説にでてくる作品も、北国の貧しかった庄内藩だったり米沢藩が舞台であり、武家社会の主流ではない下流武士や浪人者や次男三男など格式作法に関わらない人物を使って、人間的な苦悩や貧しい生活を書こうとされていて、現代も江戸の昔も変わらない人間模様が私達の心を打つのかもしれない。

 私達いなか者は故郷を離れて上京し、生まれ故郷で過ごした時間より遥かに長い年月過ごしている現在よりも、やはり人生の基盤となる幼児期の年月を過ごした環境の土地や周りの人たちの思い出が強く心に残っている。人間60を過ぎる頃になると、誰しもが気化(帰省)本能が芽生え、やたらと故郷の山や畑や川の風景が懐かしく、尋ねてみた時昔のままの姿を目にすると感動である。

 藤沢氏も故郷を訪ねたときに、ホッとする面とその逆面を目にし、時代の変化で土手が護岸されていたり、高速道路が出来バイパスが出来て、昔の面影の変貌に唖然とする事が多いそうだが、毎日地元で生活している人々にとっては、少しでも便利な生活を求めて進化することなので、勝手な事は云えないと書いていて、本当にそう思う。

 今年は藤沢氏があの世に逝かれてから10年になる。作品のヒットや映画化されたことをあちらで知ってきっと喜ばれているのだろう。素晴らしい作品を沢山残されているので、時代劇など読んだ事がなかったのだが、これからの楽しみにしたいと思っている。

 

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アメリカ映画

  私の好みではなかったのだが、夫に付き合って「ディパーテッド」を観た。

 すっかり大人になったレオナルド・ディカプリオが渋さも見えて格好よかったし、マット・ディモンも良かった。性格俳優のジャック・ニコルソンの不気味でこれ以上ないという悪役振りは、さすがベテランの凄い役者だと思った。

 2人の若い警察官の行動を同時進行で内容が進むのだが、始めてみる観客(私)にとっては、ハイスピードで進められる内容を、やっと理解しながら付いていくのに息切れがする。

 それもアメリカの銃社会らしいマフィアと警官達のハードで暴力的な場面が、次から次へ息も付かずに飛び込んでくる。2時間半が“END”になった時にあまりにも急停止だったので、暫くの間、頭の中で内容を繋ぎ合わせるのに時間が掛かったという印象である。

 何しろ、白も黒もなく主要人物3人が全員死んでしまうのだから。それも銃で頭を撃ちぬかれて、否応もなく消えてしまって、何か、やりきれない思いだけが残った・・・というのが正直な気持ちである。もう一回観てみないと理解して納得できないかな!夫は面白かったとご機嫌だった。

 題名のディパーテッドは死者という意味だ。   ちょっと疲れた!

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心に残る歌のひとつに

 ~私のお墓の前で 泣かないでください~
 
 今、「千の風になって」が日本中を駆け巡っている。

 私も一緒になって走ろうとCD店で買ってきた。

 きっかけは何であれ、この詩に心を打たれたから。

 買い求めたのは、作詞作曲に当たったご当人が歌っている「スペシャル盤」。

 10曲のバージョンが楽しめるし、癒しのBGMにもなってなかなか良い。

 原詩の英語詩は数十年にわたって朗読された有名な詩なのに作者不詳だという。
 
 
 今日は1日中この曲が頭の中を駆け巡っている。

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信ずるものは救われる?

  膝が痛み出してから、かれこれ半年が経つ。

 半信半疑で始めたサプリメント療法が今日で1ヶ月が過ぎた。

 飲み始めて次第に信じる気持ちが強くなり、思い込みが激しい私なので傷みがパタッと止まった様に感じられ、接骨院行きも止めた。実はそんなに早く効く訳はなく、歩くとじりじりと響き、正座などはとても無理である。

 常に膝を冷やさないようにサポーターの上には、張る懐炉を付けている。15日目ぐらいから全然傷みが無かったり、痛かったりの繰り返しだったが、1ヶ月経った今、殆んど痛みが少なくなってサプリメントが効いていることが感じられる。

 
 軟骨成分の補充としてのコンドロイチンは鮫や牛、鶏がらに含まれるねばねば物質と、グルコサミンはアミノ糖の一種でふしぶしのスムーズな動きや弾力の元になる成分だそうだ。

 加齢と共に様々な関節部分が磨り減って痛み出してくる。頚椎であったり、腰椎であったり、各部の軟骨成分をサポートする為には、これからも継続して行こうかなと最近強く思うようになっている。

 

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神と仏と日本人

  NHKBS「五木寛之仏教への旅」シリーズを興味深く見ている。

 1500年前にインドから中国を経て日本に伝わった仏教が、最近日本ブームと一緒に欧米に根付いて静かな人気を呼んでいるという禅を、新鮮な気持ちで見ている。と同時に日本人として仏教について何も知らない自分が情けない。

 フランスやアメリカのカトリック教信者が仏教へ転向し、座禅を通して自分を見つめ集中力をもって毎日の生活に欠かせない家事を修行とする教えを、日本の修行僧と変わらぬ様式で修練していることに驚いた。

 ブータンの輪廻転生の教えがとても印象的で、生きとし生けるものは必ず死んで生まれ変わり、転生する教えが前提にあり、虫であれ、動物であれ誰かの生まれ変わりであるので、いたわり慈しみの気持ちをもって自然を愛する。他人がいて自分が存在する考えのこの国ではお墓を持たず、仏壇を作らないという。 同じインドから出発した仏教でも、その地に適した教えが延々と繋がれ今日に至っていることを感じた。

 しかし、仏教が中国から入る前の日本は神道の国である。その歴史は2500年前といわれていて、私達の真髄には神への信仰が息づいている事を、神宮参拝をするたび感じている。日本人はそんな神を意識せずに暮らしていて、神社も仏閣も教会も差をつけず、都合よく詣でる日本人の無宗教ぶりは、私達の中にいる神の存在が、格高い証拠なのではと思ったりもする。

 

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警報!

  外国のニュースに、“水の早飲みコンクールで優勝した女性が、50分で8リットルを飲んで賞金を貰った。ところが家に帰ってから死亡した”という。

 体内のカリウムが水で薄められ、体内栄養素のバランスが崩れて心臓が止まったという。

 水は身体にいいとされているが程度の問題で、良いとされている水量2リットルの4倍で危険の域を超える事tがわかった。怖い話だ。

 また、早食い競争とかよくテレビで放映されているが、必要以上の物が胃の中に納まることが体内のバランスを崩しそうで、非常に危険ではないのかと感じた。

 飽食時代の遊び感覚で食料を粗末にしたり、身体を使ったりなど愚の骨頂だと思った。


 

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性悪環境の危機感

 “○○県は日本で一番痴漢の多いところ” というニュースを先日見た時、“どうして?”と思った。

 理由は県内の女子高校生のスカート丈が、日本で一番短いという理由だと聞いて唖然とした。開いた口が塞がらない。なんと破廉恥な。嘆かわしい。などなど形容詞を全部並べたい思いである。

 大分前から女性達のファッションが、下着そのままのような露出デザインになり始めて、眉をひそめる事が多くなった。その頃から痴漢が増えたような気がする。あんな服装で満員電車に乗られたら、若いも老いも理性のない男性達は挑発されているようで堪らないかもしれない。
 
 痴漢行為は犯罪で罰するべきだが、超短いスカートで横行する、女子高生や肩胸露出の女性側にも犯罪と云える行為なのでは?と思ってしまう。

 最近、性悪な社会状況を感じるのは、文学作品だと謳った成人向け小説を映画化し、テレビでその場面を宣伝コマーシャルとして日に何度も放映されていて、本当に腹立だしい思いをしている。私はこの作品を観ていないので批判できないのだが、この映画を見てきた友人の話によると、とても恥ずかしい場面が多くてびっくりだったが、最後まで見ると確かに文芸作品に仕上がっている。そうだ。

 子供達の目の届く環境を、誠実で清潔な場にしていかないと、どんどん秩序のない社会になっていくようで危機感を感じる。

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干し芋

  今、干し芋の美味しい時期で私はこれに目がない。

 しかしどうしてこんなに高価なのだろう。たかが芋なのに・・・ってそこが素人の浅はかさかもしれない。とても手間がかかり、今は昔と違って衛生的に気を使って作っているからだと聞いた事がある。

 安物の中国産が大量に入荷しているが、やっぱり本場物の茨城産が安心で、少々高くても無理して買う。

 大袋一袋買って来ると、途中で止められず全部食べ尽くさないと気が済まず必ず胃が痛くなる、それほどの干し芋馬鹿である。だから、一番小さい袋で5、6枚しか入ってないものを買う。

 何年か前の安かった頃の干し芋は藁やら、ゴミ屑のようなものがいっぱい付いていて、きっと蠅がぶんぶん飛んでいるところで作っているのか?とか、場所を想像し衛生面で少々心配だった。

 というのも、幼児期の記憶に、親戚の農家へ行ったときのこと、蠅がもの凄く飛んでいる縁側に平らで大きなざるに薄くきった芋を並べ、汚ない手のおばさんが一枚一枚ひっくり返している場面が頭に残っている。

 「ほら!うめえがら、食ってみろ!」といってもらった芋をしぶしぶ食べた時の美味しかった事。汚いことなど何処かへ飛んでしまった。食料のない時だっただけに忘れられない食べものとなった。

 この忘れられない干し芋は、栄養面でも完全な自然食だから、ナトリウム、カルシウム、炭水化物、エネルギー源や食物繊維が多く、もちろん脂肪分やコレステロールは0だからダイエットにいいし、子供のおやつにも持って来いだ。しかし食べ過ぎにはご用心かな!

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朝食コーヒー

  我が家の朝食はパン食で、毎朝飲むコーヒーが非常に美味しい。

 コーヒーは高価なものではなくスーパーの超安物をアメリカンで飲んでいる。それでも早朝入れたてのコーヒーの香りは全身の神経を和らげてくれる。

 だから、時々喫茶店で高級品を飲みにいくのだが、別物のようで刺激的だ。

 昨日久しぶりにデパートに出かけて、何時ものより倍に近い高価なコーヒーを買ってきて飲んでみたら、やっぱり香りが違っていて、値段は裏切らないということだ。

 夫は若い頃より缶コーヒーファンで仕事の合間に1日に数本飲んでいたのだが、2年前の人間ドッグで血糖値が異常に高くなり、驚いて缶コーヒーをすっかり止めたり、大好きな和菓子も遠ざけている。かわいそうに・・・

 もちろん、毎日のコーヒーはブラックでいただいている。

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好きな事は何でもやって見たい!

  “歳を重ねてふと気がつくと人としての欲望が減少し、あんなに様々な物を欲しがっていた若い頃が懐かしく、人間としての欲がなくなったらお仕舞いね”。という80歳の先輩の話を聞いた事があって、ずっとそのことが頭から離れずにいた。

 幸いな事に私はまだその段階には達していない、ちょっと先の事だからまだまだ宝石や靴やバッグは欲しいと思っている。その上もっと映画を見てみたいとか、旅行に行ってみたいとか、絵が上達したいとか、健康で長生きしたい・・・これはちょっと番う方向の欲望になるのだろうが欲が絶えない。

 人間老いが進むと必ず無欲になるのだとしたら、今のこの時を、宝石や洋服は要らないとしても、もっと貪欲に欲張って自分のやりたい事を周りに遠慮せずに堂々とやってみよう、ボランティアで人様の役に立つ事もいいし。

 或る雑誌のエッセーに、今の中高年たちは海外旅行をしたり、美味しい物を食べ歩いたり自由気ままに年金暮らしをしているが、これから団塊の世代が増える事を考えると不安なのに気楽でいいものだ・・・・というようなことが書いてあった。

 確かに今の年金制度でこのまま行けば日本の将来が心配になる。お気楽に海外旅行している私も、いつも心のどこかに“年金を貰いながらこんな贅沢をしていていいのかな?” 特に戦中生まれで“もったいない”世代の貧乏性の私は心の中で小さくなっている。

 年金について、この先若い人たちに大きな負担となることが問題になっていて、様々な良い方法を打ち出すことを願っているのだが、私達は現在の年金制度が根付く前の、戦後の物のない日本の経済社会を、欲しい物も欲しがらず必死になって生きてきた。一生懸命働いて子育てが終わって老後を迎えた時に、好きなことをやってどこがいけないの?と思う気持ちも大いにあるが、卑屈にならず堂々と老後を楽しんで行こうと考えている。

 老いの先は無欲になるとも聞いているので、願うことならば、私は死を迎えるまで何かを求めて生きていたいと思うのは贅沢かな?


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火の用~心!カチカチ!

  当団地の自治役員さん方が昨年暮れから2月まで、「夜回り」を行っている。

 冬場の乾燥からの火災発生予防と痴漢暴漢警戒をする為だが、火事の多い日本には、江戸の昔から地元の自治団を形成して街の中を「火のよう~じん・・・」とかちかち拍子木を叩いて回っていたという古い歴史がある。

 防災役員である夫も今日はその役目を果たす当番なので、張り切って家を出て行った。3人組で団地周辺を2周30分かけてカチカチやるのだ。大声で「ひのよ~じん!!」と声を張り上げて歩くのだが、あまり大声を出すと団地の中は声が反響して、信じられないがうるさがられるのだそうだ。

 毎年団地の公園で年越しのイベントに、カウントダウンで花火を揚げるのだが、うるさいから止めて欲しいという要望が多く、こちらも信じられないが今回から中止になった。

 最近のニュースでは、さまざまな騒音でトラブルが頻繁に起こり、人と人とのコミュニケーションが巧く摂れない時代になっている。特に集合住宅のような大勢の人々の集まる場所には、それぞれの違った考えがあり、それぞれが自由に主張し、1つに纏めることが難しくなってきている。


 夜回りの決まり文句は “カッチカッチ!!火の用心!!マッチ一本火事の元~~!!”だが、何処で誰が始めた掛け声なのだろうか。

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安物衣類

  今朝は一段と冷えていて、今までが暖かかったのでそう感じるのかもしれないが、日の出と同時に外に出るとピリッとする。血圧上がるかな?

 早足大股歩行なので、10分も経つと身体が火照ってくる。なので、すぐ外せるように首はぐるぐる巻のマフラーだが、上着はフリース2枚を重ねるだけでぽかぽかになる。値段を書くといやらしいけど500円のハイネックと1250円の少々厚手の上着だけで。

 何年か前辺りから冬物の安物衣類が大流行りで、軽くて肌触りのいい暖熱効果の優れたアクリル繊維の開発で、繊維業界も様変わりしてきた。安物なので普段着専用だが、今までのアクリル製と違ってあんまり毛玉が出来ないところがいい。

 工賃の安い東南アジア製品ばかりの、こんなに安い生活用品が溢れていて日本中小企業の立場がちょっと心配だが、やっぱり消費者主婦は100円ショップなどで安くて便利なものを見つけたり、高級品に見えるやす~いデザイン服を探すと嬉しくて、黙っていられず「ねェ~これ!いくらだと思う」 「また、100円ショップか~」と云われるのが落ちなのだが聞いている。

 高級品が似合わないおばさんに、どんどんなっていくような気がする。

 

 

 

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一気に読んで感じたこと

  遅い朝食ランチの後、冬の太陽がいっぱいに入り過ぎ、眩しい日差しをレースのカーテンで柔らげたリビングで、“東京タワー”を一気に読んで完読した。

 作者の母親が様々なパートの仕事をし苦しい生活の中から、大学5年間も仕送りして面倒を見てもらった作者は酒を飲み遊び呆けて、借金をし、住まいを追われどん底の生活で、将来の夢も見えないまま東京のど真ん中で埋もれている様子が書かれている。私の気持ちからすると、今の教育状態が22歳過ぎまで親が学生生活の面倒を見なければならないという社会情勢が、親として情けなく歯がゆい思いを感じている。ちなみに我が家での子供達には20歳過ぎの援助は遠慮した。

 私もそうだが、地方から上京する時に、東京へ行けば何とか夢が叶うだろうとやって来ても、運がなければ努力だけでは何も出来ない事が多い。必死に勉強して働いて苦労をしコツコツと時間を掛けなければ何事も成しえないという事は、地方出身者たちは誰でも経験する。

 母子2人きりの生活で、子供の為には惜しみなく力になり、子どもの成長に愛情を注ぎ暖かく見守る。親というものは子供の為なら当たり前のことなのだ。作者は毅然と生きているその母親を慈しみ、子供は思春期になると親を毛嫌いしたり恥じたりするが、それもなく素直に寄り添っている様子は、如何に母親の愛情が子供に伝わっていたかがその文面からよくわかる。

 作者が上京してから年老いた母親が遠い田舎で1人きりで癌を患って手術をする。その後母を引き取って東京の騒々しい都会のど真ん中で2人の生活が始まる。60歳を過ぎてからの転居は心身共に疲労するし、その地に馴染むことが難しいといわれる。しかし、母親は持ち前の明るさと逞しさで、手作りの食事を近所や子供の友人に振舞い、多くの人々に好かれ頼りにされながら、すんなりと溶け込んでいくのだが、癌が再発し壮絶な苦しみと闘って亡くなる際の作者の苦悩が涙をなくして読めなかった。

 長編小説を息もつかずに読んだ。私やうちの子供たちと置き換えて考えて見たり、私の母親もすい臓がんで苦しみもがいて亡くなった事を重ねて読んだ。終盤での場面でショッキングなことに作者が、火葬場で母親の遺骨を口に入れてこりこりと食べる行為に、作者の母に対する菩薩への慈悲を感じ、とても私には出来得ない事だと思った。

  

  

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七草粥

  七日正月、七草粥、鏡開き、松飾りの或る間は松の内と言うとか、お正月に纏わる仕来たりや呼び名に風情がある。

 お餅やおせち料理で疲れた胃腸を労わるという「七草粥」は、地方によってその迎え方は様々で、私の生まれ育った家は年中無休の商いをしていた関係で、それらしい伝来のやり方はなく年寄りに教わってもいない。

 なので、子供達には家庭辞典に出ているような極一般的な方法で教えてきた。春の七草を全部云えるかというとその都度覚えてもすぐ忘れるから覚えない。セリ、ナズナ、ゴギョウ、この位である。ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロなんてどんな草なのか判らない。

 今日買ってきた七草セットケースに名前が書いてあって、殆んどぺんぺん草やはこべなどの雑草で道端にある草だ。しかし、この7種類の雑草をあわせておかゆにすると、ビタミンCやベータカロチン、カルシューム、鉄分、ポリフェノールを効率よく摂取できると言うのだ。昔の人の生活の知恵から、低カロリーで栄養のバランスの整った七草粥ということになる。

 本来は朝食の時に、まな板でとんとんと歌を歌いながら野菜を刻むそうだ。我が家では夕食に食べる事になっていて、今準備の真っ最中である。

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私のおとんとおかん

  リリーフランキーの「東京タワー おかんと僕と時々おとん」を買って来て読み始めた。

 私の息子ぐらいの若い作者は、多才な才能の持ち主で絵本、イラスト、作詞作曲、構成演出、その他諸々に活躍している。迂闊にも私はその活躍を知らなかった。

 今、途中まで読んでいるが、序盤は別々に暮らす両親の出身地を転々と移り渡り、片親だけど必死に生きる母親の愛をいっぱいに受けて、幼児期を逞しく育っていく自叙伝形式になっていて、暗い背景を明るいてんぽで進んでいき、吸い込まれるように読んでいる。

 読みながら、自分の幼児期と重ねるように遠い昔の出来事を思い出していた。

 父の出征後、5歳の時母が4人の子供を抱えて父の出身地に疎開した。父の親戚中にお世話になりながら、嫌味を言われ小さくなって泊まり歩いた。子供ながらに惨めだった事を思い出した。

 もっと惨めだったのは、貧乏のどん底に両親が離婚し母が去り、父は食料を手に入れる為いわゆる担ぎ屋で1週間も留守をしている最中に、台風に直撃を受けて真夜中家が浸水をした。7歳の私は妹と弟の世話をしていたが何も出来ず、ぷかぷか浮いている畳の上で、布団に座ったまま泣いていた。
その後の始末が大変だったと思うのだが、記憶がそこで消えている。自分ながら余程ショックを受けたことだったのだろう。

 その後も貧乏が続いた。あの頃は隣近所がみんな貧乏で、食べるものもその日がやっとで、子供達は毎日毎日飢えていた。そんな折、学校で描いた絵が賞を受けて表彰されて、賞状と記念品に蒸しパン2個とアメリカ製の絵の具1箱を戴いた。大喜びで家に持ち帰ったその日に盗まれていた。盗ったのは隣りの家の1つ上の子だった。証拠は後々その絵の具を見たから判った。その後の事も記憶がそこで消えていて覚えていない。

 東京タワーを読んでいて、子供の頃の思い出したくない事、心の中に仕舞っておいた事を書きたくなって書いてみた。これも自分を見つめ直し、父母に纏わる遠い思い出が自然に生まれた感情だから、素直に書き止めておくことにする。

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行雲流水

  ブログ開設して1年1ヶ月を経過した。

 2年目を迎えてサブタイトルを変えた。これまでは「広く深い視野で物事を捉える」事をモットーに、苦しくなければ連日書く事を心がけて来た。

 今年はその上に立って、概念に捉われず自然の成り行きに任せて書こうという意味を込めて、大好きな熟語「行雲流水」とした。

 文語体は日記調にして、その日を振り返り自分を見つめ直す、という気構えは今までと変わりなく、大げさに構えずに連日続けられたらいいなと思っている。

 年頭に当たって、行雲流水の文字を改めてかみ締めている。

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映画に病み付き

  新年明けて初の映画を観る。

 退屈なお正月4日目に夫を誘って行こうと思ったら、軽く断られた。

 そこで今度は友人にメールでお誘いをすると “行こう!”と即乗ってくれた。やっぱり心の繋がった友である。30分もしないうちに準備しウオーキング服装で出かけた。

 ショッピングセンター内の映画館なので、もの凄い人波に揉まれながら、喫茶店でお茶をして一休憩してからチケットを買いに行ったら、小ホールなので満員で空いているのは最前席の2席のみだった。・・・そこで観たのは “007・・・” ハードボイルド物なので、もの凄い音量とど迫力に目が回って悲鳴を上げそうになってしまった。

 だけど、新ジェームスボンドがかっこよかったな~。哀愁を佩びた口元や、余り若くないところが気に入った。その上機関銃のように撃たれても絶対死なないヒーローぶりがいい。舞台がチェコのプラハだったり、イタリアベネチアだったりヨーロッパの風景が素晴らしかった。話の筋は代わり映えしないのは判っていても、スリルが楽しめるものだ。例のテーマ曲が最後を締めていて、こういう映画は毎日のつまらないことなんてすっ飛ばしてくれてスキッとさせてくれる。

 ルンルン気分で帰ってきたら、夫から“007を観るとは信じられないよ~”と小ばかにされてしまった。

 次回観る映画の目星も立てている。ワクワク・・・完全に病み付き・・・

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お正月駅伝

  恒例の箱根駅伝で2日間釘付けだった。

 大正4年頃から戦時中を抜かして、83年も続いている伝統の駅伝だという。

 日本中の大学から20校が厳しい予選を勝ち抜いて選ばれて戦った。選ばれた選手たちは、これからの日本の陸上界を担うレベルの高い選手の登竜門だ。

 10位までに入らないと翌年の試合に出られないという厳しい戦いで、私も地元大学を応援していたが、惜しくもシード校には入れず残念だった。

 今回気がついた事幾つか書いてみる。

 選手達を見ていて昔の選手とちょっと違うと感じたのは、殆んどの若者の顔立ちが特に顎が欧米型なのだ。東洋人の顎は厳つく逞しい男らしさがあるのだが、悪く言えば女の子顔なのだ。最近の情報では食物の変化で子供達の骨格が変わったと聞いた事がある。その上、色白でしなやかな筋肉体質の今流行りの「イケメン風」という容貌だなと思った。ユニホームも各校が個性の或る目立つ色合いを使い、赤、黄、黄緑、ブルーと華やかな上、それぞれのスポーツシューズの色がこれも驚いたが、赤、黄、ピンクと昔で云えば女色?。

 マラソンや駅伝というと、日本では必ず主催側の手旗を沿道で応援する人々に振らせるが、世界の沿道では見かけぬ日本独特のものだろう。会を盛り上げ、華やかにし、走る選手達に勇気を与えるものらしいが、歩道もないような狭い道ではとても危険を感じる。

 今回の箱根駅伝の道路は、昔は人も通らぬ箱根道だったらしいが、今は主要道路となって車の多い道となっている。そこを片側通行の上、報道車や各校の役員車が多すぎて事故でも起きなければいいがとハラハラ観ていた。古い伝統のあるイベントだけに2、3時間全面通行禁止に出来ないものかと感じた。

 お正月駅伝は私の毎年の楽しみでもある。

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ゆったりお正月

  静かなお正月を過ごす。

 朝寝坊をし、作り置きのおせち料理を冷蔵庫から入れたり出したり、お腹が膨れるとコタツに入って、テレビ鑑賞だ。

 箱根駅伝、サッカー等のスポーツ番組か、長編時代劇ドラマか、お笑い中心の番組ばかりで少々飽きてくるがこれもたまにはいい時間の過ごし方だ。

 今日は新聞もなく、ニュースも見ないので、大きな事件や悪質な殺人情報が入ってこないから、平和なお正月を過ごせていて如何に、我われはマスコミ関係に振り回されていたり様々な影響を受けているかが判る。電話も掛からず、宅配便もなく、来客もなく本当にゆったり出来た。

 平安の古い時代の生活のように、太陽の光で夜が明け、日が暮れてのんびりとしたリズムで日々を過ごせたら、人々は人間的な感覚が戻ってくるのではないだろうか。年を追う毎にそれを感じるようになった。


 また、3が日が過ぎると、周りが動き出して元の騒々しい世界に戻る。心配な事は、3が日で体重がかなり増えること間違いない。覚悟しよう。

 

 
 

 

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新年に思う

  2007年1月元旦

 穏やかな快晴に恵まれ静かに明けた。

 世界から見ると日本は比較的平和だが、

 最近の社会情勢は暗い面も多く、

 経済面や少子化問題、学校教育が不安定で

 将来への希望を失いそうだが、日本人の温かい

 心根の国民性をこれから期待し、

 明るい社会になるよう切に祈りたい。


 
 昨夜は、町内会のカウントダウンに参加して、

 そのままの足で近くの神社へ初詣に出かけた。

 不思議なもので心が綺麗に洗われたようで、

 今年もいいことありそうなそんな予感を感じる。

 日本の素晴らしい未来も信じて・・・

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